今日は、新作バックロードホーンの設計について説明しようと思います。
FE168SS-HPの登場のときに、Fostexの図面を元にしたバックロードホーンを公開したのですが、ふと「バックロードホーンの進化とは何だろう?」と思ってしまったのです。
FE168SS-HP と 長岡バックロードの変遷
FE168SS-HPの取扱説明書に掲載された作例は、長岡鉄男氏の「D-7」に類似しています。
「D-7」は1970年代に発表された作品ですが、その説明で「1930年代のアメリカの設計が基本になっており~」とあるため、基本設計は100年近く前のものになります。
そして、1983年の頃に長岡氏は、下記のコンセプトをもつ新たな音道構造が発表しています。
①斜め音道の排除
②音道長の延長
③キャビネット強度の向上。
このコンセプトに基づいた作例「D-50」「D-70」といった、長岡氏のバックロードホーンの定番となる音道構造になりました。
・D-50についてはこちら。
・参考書籍「バックロードホーン・スピーカーを作る!」
長岡氏もその時々の新たなニーズに合わせて、コンセプトを作りバックロードホーンの設計をしています。
そこで、私もFE168SS-HPを手に入れたことを機会として、新しいコンセプトに沿ったバックロード設計をしてみようと思い立ったのです。
本作の設計コンセプト
新しいバックロードを作ろう!と思ったものの、それは案外難しいものでした。
真っ先に思いつくのは、「バックロードバスレフ方式」でしょうか。短い音道長のバックロードと、バスレフ動作を組み合わせたことで、非常に低い音域まで伸ばすことに成功している方式です。こちらについては、音工房Zさんの方でFE168SS-HP向けのエンクロージュアが開発中とのことで、期待したいところです。
音工房Z「FE168SS-HPとT90-REを使ったエンクロージャー開発」
それでは、私には何ができるか。
古典的なバックロードホーンの良さを尊重しつつ、少しづつ現代のニュアンスを入れていくことにしました。炭山先生の本を読みつつ色々考えてみたところ、以下の3つをコンセプトを挙げることにしました。
①バッフル面積の極小化
②現代的な設置利便性・小型化
③新しい低音増幅原理の導入
以下に、それぞれを詳しく説明します。
①バッフル面積の極小化
バッフル面積の大小は、かねてより音場感に影響があると言われてきました。近年は、「エッジディフラクション」と呼ばれ、バッフルがあることで軸上の周波数特性が乱れることも知られています。
このエッジディフラクションを計算するソフトを使用すると、バッフル面積を極小化すると、2kHz付近の周波数特性がスムーズになることが分かります。
<大きなバッフルでのシミュレーション>
<小さなバッフルでのシミュレーション>
バッフル面積の極小化を実現する手段として、鳥形のバックロードホーンは非常に有力な候補になります。
長岡鉄男氏のスーパースワンを代表する鳥形のバックロードホーンは、極めて小さいバッフル面積と、十分な低音を出すためのホーン設計を両立することができています。
以上の事から、今回はバッフル面積を可能な限り小さくするために、「鳥形」のバックロードホーンを製作することにしました。
②現代的な設置利便性・小型化
16cm口径の鳥型バックロードホーンをいざ設計してみるとかなり大型になることに気づきました。
ブックシェルフ型スピーカーが隆盛の今、大口径3wayが主流だった時代のサイズ感は到底受け入れられません。
しかし、先日の日記でも書いたように、バックロードホーンのサイズを削減することは、音質上のデメリットに直結します。
理想的なエクスポネンシャルホーンを考えた場合、ホーンの広がり率と長さから、ある程度の容量が必須になってしまうのです。
今回は、全体的なプロポーションのほか、デザイン面でのバランスを見直すことで、設置しやすい寸法を目指してみようと思います。
③新しい低音増幅原理の導入
②で小型化をした分、より賢く低音を増幅しないといけません。様々なエンクロージュアがこの世の中にありますが、低音増幅の方法は「ホーンロード」と「共鳴」に二分されます。
ホーンロード
ホーン開口部へ向けて適切に音道を広げ、開口部の断面積を大きくし、空間への放射インピーダンスを最適化します。これにより、ユニットの振動の「空振り」が減少し、能率を上げることができます。
これがホーンロードの原理であり、バックロードホーンの設計の要であるのは言うまでもありません。
共鳴
バックロードホーンの場合、【1】管共鳴と【2】ヘルムホルツ共鳴の双方を併せ持っています。
【1】管共鳴
共鳴管としてホーンが動作し、ホーンの長さに応じた低音が増幅されている、という話です。 これは、私も過去の実験で経験しており、バックロードホーン設計には必ず盛り込むようにしています。
【2】ヘルムホルツ共鳴
バスレフ型スピーカーのように、ある程度の容量と、そこに付属したダクトがあることで起こる共鳴です。
下記サイトで記載があるように、近年ではホーン開口部にダクトを装着する作例が多くあり、バックロードバスレフ型もその一例です。
「バックロードホーンの歴史と進化【2020年版】」
「バックロードホーンの歴史と進化【2017年版】」
ホーン内部の共鳴を制御する
しかし、ホーン開口部にダクトを装着することは、先の「ホーンロード」とは相反する設計方針です。
私個人としては、バックロードホーンらしい開放感のある音を保つためにも、ホーン開口部は広くしておきたいという考えがあります。そのため、今回の作例では、ホーン開口部を塞ぐことは余り考えていません。
そうなると、低音を増幅させるためのヘルムホルツ共鳴は、ホーン内部のどこかで生み出さないといけません。
以前にも、長岡氏の「スーパースワン」のように、ホーン音道が多数の180°の折り返しをもつバックロードホーンでは、折り返し部分でヘルムホルツ共鳴が発生しているのでは、という推測がなされていました。
しかし、それを意図的に制御する設計方法は知られておらず、いまだに経験則で作るものという状況だと思います。
実際に、炭山アキラ先生の「コサギ」「チュウサギ」は、180°折り返しを多数含む構造で、重低音域の再生を可能にしています。
今回のS-076では、折り返し部分でのヘルムホルツ共鳴の動作を考慮したバックロードホーン設計としていこうと思います。成功するか失敗するかは分かりませんが、貴重な実験データが得られるのではないかと期待しています。
ひとまず図面はできましたが、その詳細はまた次回にお話ししようと思います。
FE168SS-HPの登場のときに、Fostexの図面を元にしたバックロードホーンを公開したのですが、ふと「バックロードホーンの進化とは何だろう?」と思ってしまったのです。
FE168SS-HP と 長岡バックロードの変遷
FE168SS-HPの取扱説明書に掲載された作例は、長岡鉄男氏の「D-7」に類似しています。
「D-7」は1970年代に発表された作品ですが、その説明で「1930年代のアメリカの設計が基本になっており~」とあるため、基本設計は100年近く前のものになります。
そして、1983年の頃に長岡氏は、下記のコンセプトをもつ新たな音道構造が発表しています。
①斜め音道の排除
②音道長の延長
③キャビネット強度の向上。
このコンセプトに基づいた作例「D-50」「D-70」といった、長岡氏のバックロードホーンの定番となる音道構造になりました。
・D-50についてはこちら。
・参考書籍「バックロードホーン・スピーカーを作る!」
長岡氏もその時々の新たなニーズに合わせて、コンセプトを作りバックロードホーンの設計をしています。
そこで、私もFE168SS-HPを手に入れたことを機会として、新しいコンセプトに沿ったバックロード設計をしてみようと思い立ったのです。
本作の設計コンセプト
新しいバックロードを作ろう!と思ったものの、それは案外難しいものでした。
真っ先に思いつくのは、「バックロードバスレフ方式」でしょうか。短い音道長のバックロードと、バスレフ動作を組み合わせたことで、非常に低い音域まで伸ばすことに成功している方式です。こちらについては、音工房Zさんの方でFE168SS-HP向けのエンクロージュアが開発中とのことで、期待したいところです。
音工房Z「FE168SS-HPとT90-REを使ったエンクロージャー開発」
それでは、私には何ができるか。
古典的なバックロードホーンの良さを尊重しつつ、少しづつ現代のニュアンスを入れていくことにしました。炭山先生の本を読みつつ色々考えてみたところ、以下の3つをコンセプトを挙げることにしました。
①バッフル面積の極小化
②現代的な設置利便性・小型化
③新しい低音増幅原理の導入
以下に、それぞれを詳しく説明します。
①バッフル面積の極小化
バッフル面積の大小は、かねてより音場感に影響があると言われてきました。近年は、「エッジディフラクション」と呼ばれ、バッフルがあることで軸上の周波数特性が乱れることも知られています。
このエッジディフラクションを計算するソフトを使用すると、バッフル面積を極小化すると、2kHz付近の周波数特性がスムーズになることが分かります。
<大きなバッフルでのシミュレーション>
<小さなバッフルでのシミュレーション>
バッフル面積の極小化を実現する手段として、鳥形のバックロードホーンは非常に有力な候補になります。
長岡鉄男氏のスーパースワンを代表する鳥形のバックロードホーンは、極めて小さいバッフル面積と、十分な低音を出すためのホーン設計を両立することができています。
以上の事から、今回はバッフル面積を可能な限り小さくするために、「鳥形」のバックロードホーンを製作することにしました。
②現代的な設置利便性・小型化
16cm口径の鳥型バックロードホーンをいざ設計してみるとかなり大型になることに気づきました。
ブックシェルフ型スピーカーが隆盛の今、大口径3wayが主流だった時代のサイズ感は到底受け入れられません。
しかし、先日の日記でも書いたように、バックロードホーンのサイズを削減することは、音質上のデメリットに直結します。
理想的なエクスポネンシャルホーンを考えた場合、ホーンの広がり率と長さから、ある程度の容量が必須になってしまうのです。
今回は、全体的なプロポーションのほか、デザイン面でのバランスを見直すことで、設置しやすい寸法を目指してみようと思います。
③新しい低音増幅原理の導入
②で小型化をした分、より賢く低音を増幅しないといけません。様々なエンクロージュアがこの世の中にありますが、低音増幅の方法は「ホーンロード」と「共鳴」に二分されます。
ホーンロード
ホーン開口部へ向けて適切に音道を広げ、開口部の断面積を大きくし、空間への放射インピーダンスを最適化します。これにより、ユニットの振動の「空振り」が減少し、能率を上げることができます。
これがホーンロードの原理であり、バックロードホーンの設計の要であるのは言うまでもありません。
共鳴
バックロードホーンの場合、【1】管共鳴と【2】ヘルムホルツ共鳴の双方を併せ持っています。
【1】管共鳴
共鳴管としてホーンが動作し、ホーンの長さに応じた低音が増幅されている、という話です。 これは、私も過去の実験で経験しており、バックロードホーン設計には必ず盛り込むようにしています。
【2】ヘルムホルツ共鳴
バスレフ型スピーカーのように、ある程度の容量と、そこに付属したダクトがあることで起こる共鳴です。
下記サイトで記載があるように、近年ではホーン開口部にダクトを装着する作例が多くあり、バックロードバスレフ型もその一例です。
「バックロードホーンの歴史と進化【2020年版】」
「バックロードホーンの歴史と進化【2017年版】」
ホーン内部の共鳴を制御する
しかし、ホーン開口部にダクトを装着することは、先の「ホーンロード」とは相反する設計方針です。
私個人としては、バックロードホーンらしい開放感のある音を保つためにも、ホーン開口部は広くしておきたいという考えがあります。そのため、今回の作例では、ホーン開口部を塞ぐことは余り考えていません。
そうなると、低音を増幅させるためのヘルムホルツ共鳴は、ホーン内部のどこかで生み出さないといけません。
以前にも、長岡氏の「スーパースワン」のように、ホーン音道が多数の180°の折り返しをもつバックロードホーンでは、折り返し部分でヘルムホルツ共鳴が発生しているのでは、という推測がなされていました。
しかし、それを意図的に制御する設計方法は知られておらず、いまだに経験則で作るものという状況だと思います。
実際に、炭山アキラ先生の「コサギ」「チュウサギ」は、180°折り返しを多数含む構造で、重低音域の再生を可能にしています。
今回のS-076では、折り返し部分でのヘルムホルツ共鳴の動作を考慮したバックロードホーン設計としていこうと思います。成功するか失敗するかは分かりませんが、貴重な実験データが得られるのではないかと期待しています。
ひとまず図面はできましたが、その詳細はまた次回にお話ししようと思います。